飯田線の印象


飯田線とは直接関係はないのだが、旧型電車の撮影の際、機会を改めて中央アルプス駒ヶ岳千畳敷まで行ってみたいものだと思っていた。
この写真はその時の様子で、標高2612mから見下ろす駒ヶ根の町、その背後に屏風のように連なる南アルプス、そしてさらにその後ろで少し頂きを出している富士山(写真中央)がパノラマのように展開していた。
【1985年2月25日撮影】


一つ上の写真の反対側を振り返ると、標高2931mの宝剣岳がそびえ立つ。
この日の千畳敷は快晴無風で、積雪2.5m、気温は氷点下11度。太陽に当たっているとポカポカと暖かささえ感じるようなすばらしい天気だった。
そして、訪れたのは私一人だけだったうえに、あたりは全くの静けさで、まるで別世界に立っているかのようだった。
【1985年2月25日撮影】


中央アルプス駒ヶ岳千畳敷に登る前、つまり当日の午前中に撮影した田切のΩカーブを行くED62牽引の貨物列車。
写真中央の白く輝く山が、午後から登る駒ヶ岳千畳敷で、掲載写真の順序は逆になるのだが、田切での撮影を終えて、さらに飯島、七久保と散策し、最後に駒ヶ根駅からバスとロープウェイを乗り継いで登った様子が、この写真の上2枚である。
【1985年2月25日撮影】


上の写真と同じ場所から左側、空木岳の方向を見た様子。
【1985年2月25日撮影】


あまりにも有名な田切の鉄橋。後ろに連なる山々は、上の写真と同じ空木岳方向。
旧型電車は走らなくなっても、その魅力は全く衰えない。
【1985年2月25日撮影】


田切の鉄橋から数十メートル伊那福岡駅寄りの地点。119系電車が、急曲線を車輪をきしませながらゆっくりと通過していった。背後は空木岳から連なる中央アルプスの山々で、この時間は雲がかかってしまった。
【1985年2月25日撮影】


飯島駅から七久保駅までの散策。
ここも旧型電車撮影の際、何度も足を運んだところなのだが、その当時と違って殺気立つものは全くなく、とてもゆったりとした穏やかな気分で訪れることができた。
写真手前、坂を登り切ったところが飯島駅で、写真前方はΩカーブの底に向かって下りて行くところ。Ωカーブの底に達したら再び上り、その先が伊那本郷駅。
旧型電車撮影の際は、伊那本郷駅や田切駅(カーブの途中にあったころの旧駅)のホームの待合室は、中から鍵がかけられるうえに露がしのげる密閉構造だったので、最終電車が出た後、何度か寝袋にくるまって野宿させてもらった。
【1985年2月25日撮影】


伊那本郷駅から七久保駅に向かう途中。写真の左端に飯田線が見える。その先のビニールハウスから左にカーブするあたりが写真撮影でおなじみの地点。
背後に見える山は空木岳(2864m)や南駒ガ岳(2841m)。
【1985年2月25日撮影】


上の写真のビニールハウスの先、空木岳や南駒ガ岳をバックに写真撮影でおなじみの地点を165系電車が走る。
この日も終日、鉄道ファンらしき方と出会うことはなかった。
【1985年2月25日撮影】


中央アルプスから一転して、飯田線中部を訪れたときの様子。
大嵐駅からは、佐久間ダムの湖底に沈んだ旧線跡が続いている。
【1985年3月8日撮影】


大嵐駅から歩いて最初のトンネル。その先に長い夏焼隧道が見える。
【1985年3月8日撮影】


大嵐側から歩いて、夏焼隧道を通り抜けて出てきた地点。古い自動車の廃車体が一台放置されていたが、ここから先の線路跡は全くわからなかった。
再び大嵐駅に戻るため、もう一度長い夏焼隧道を歩く。
【1985年3月8日撮影】


城西と向市場間に作られた新線トンネルと旧線跡の分岐点。この新トンネルの城西側はこの写真のとおりだが、向市場側は分岐点が確認できない。これはトリックでも何でもなく、トンネルの中で新旧が合流しているためで、このような別線付け替え工事は、他にはあまり例が無いと思う。
有名な渡らずの鉄橋と、完成せずに放棄された向皆外のトンネル跡は、この地点から少し城西側にある。
【1985年3月8日撮影】


一つ上の写真の新旧分岐点から200mくらい向市場側の旧線跡。レールや架線、ポールは撤去されているが、小川を渡る小さな橋梁などがよく残っている。
【1985年3月8日撮影】


一つ上の写真に見える小川を少しさかのぼると、新線トンネルに行き着く。と言っても、新線は写真のようにトンネルの中で、盛り上がったコンクリートの中を列車が走っている。
【1985年3月8日撮影】


旧線跡を向市場方向にさらに進むと、トンネルに行き着く。このトンネルが新線トンネルとトンネル同士で合流しており、このような例はめずらしいのではないだろうか。
【1985年3月8日撮影】


一つ上の写真のトンネルを、中から今度は城西側をふり返って見たところ。実はこのトンネルは写真のように側面に穴が空いていたり、または切り開いた状態になっていたりしていて、写真を撮った地点から向市場側(撮影ポジションの背面)から本当のトンネルが始まっている。しかし、その断面は上部を少し残してコンクリートで塞がれているため、先の様子は全く分からなかった。
【1985年3月8日撮影】

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